2020年7月30日に開館しました。

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 人の御来館です。ありがとうございます。
  
いつの間にか。100を越えました。(20.08,04)
  次は、
500番目をめざしましょうか.
  いつの間にか。200を越えました。(20.08,24)


今でしょう、伝言板

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会・第1回

731部隊と人権裁判から考える」

日 時:924日(木)1830

お 話:南 典男さん

オンライン中継(zoomによる)

主 催:731ネットワーク

参加定員は100名で締め切らせていただきます。また、事前にzoomのインストールをお忘れなく。

告知 https://xa0007.blogspot.com/2020/08/731_26.html 









 2015年の広島の戦争展の展示物から、紹介します。
 


 呉の阿賀にある、加藤さんの「こども資料館」からお借りした、
<黒塗り教科書>・・・・・・これは、全部消されてますね。



国民に、国債を買おうと呼びかける、ポスター。



  
原水爆禁止オンライン歌声・・・・・・・ラストに、「ねがい」が入っています。




  
効力を発揮する50か国まで、あと6か国です。
  201777日に採択され、同年920日に調印(署名)・批准・参加の受付が始まった
核兵器禁止条約
 2020 8 9 日に新たにセントクリストファー・ネイビスが
 批准書を国連事務総長に寄託して44か国となりました。

 2020818日に新たにモザンビークが署名して、83か国となりました。
 地中海の島国マルタが署名、84カ国に。
 

   核兵器禁止条約への署名・批准国2020818⽇現在、83カ国、印は批准した国)アルジェリア、アンゴラ、アンティグア・バーブーダ、オーストリア、バングラデシュ、ベリーズ、ベナン、ボリビア、ボツワナ、ブラジル、ブルネイ、カーボベルデ、カンボジア、中央アフリカ共和国、チリ、コロンビア、コモロ、コンゴ、クック諸島、コスタリカ、コートジボワール、キューバ、コンゴ⺠主共和国、ドミニカ、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、フィジー、ガンビア、ガーナ、グレナダ、グアテマラ、ギニアビサウ、ガイアナ、バチカン市国、ホンジュラス、インドネシア、アイルランド、ジャマイカ、カザフスタン、キリバス、ラオス、レソト、リビア、リヒテンシュタイン、マダガスカル、マラウイ、マレーシア、モルディブ、メキシコ、モザンビーク、ミャンマー、ナミビア、ナウル、ネパール、ニュージーランド、ニカラグア、ナイジェリア、パラオ、パレスチナ、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、セントクリストファー・ネイビス、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、サモア、サンマリノ、サントメ・プリンシペ、セーシェル、南アフリカ、スーダン、タンザニア、タイ、東ティモール、トーゴ、トリニダード・トバゴ、ツバル、ウルグアイ、ヴァヌアツ、ベネズエラ、ベトナム、ザンビア
地中海の島国マルタが署名、84カ国に。

   











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 初期の戦争展の、パンフレットが出てきました。
 手書きの箇所の筆跡から、私が作ったものに、間違いない。


  
  
1996年(第2回)は、大きなテーマは掲げてありません。
   ・・・・・・・というのは、うそでした。ちゃんと、ありました。
        ずっと下にスクロールしていただきますと、そこに一覧表があります。

 上の写真は、沖縄の「平和の礎(いしじ)」と、電波傍受のための「象の檻」
 オキナワの問題を、取り上げています。
 パンフには、高校生代表:仲村清子(すがこ)さんの訴えも記載されています。

 それから、「軍都廣島」も大きく取り上げられています。

1997年(第3回)から、パンフレットにテーマが出現します。
 テーマは「広島の見た戦争~憲法50年 今子ども達に伝えたいこと~」

1999年(第5回)「憲法は 戦争しないと決めている」
2000年(第6回)「戦争の20世紀から平和の21世紀を」・・・・ミレニアムですね。




    平和のための広島の戦争展


本来ならば、今頃は戦争展の準備中ですがーーー今年は、早々に中止を決めました。 被爆から、75年という節目なのですが。 あまりにも寂しいので、オンラインの「平和のための広島の戦争展」を、開くことにしました。 しかしながら、技術が未熟なので、そこんとこお許しください。。 とりあえず、立ち上げます。生まれたばかりの赤ちゃんだと、長い目で見てやってください。。 いろいろ皆さんからお聞きしながら、成長していきますから。。 今から、25年前。
第1回目の「平和のための広島の戦争展」が、本川小学校の全面協力で、開催されました。
それは、被爆50年の年でした。
被爆50年の節目に、広島で、平和のために何かできることはないだろうか。
全国的に、「平和のための戦争展」が、いろいろな地域で、取り組まれるようになっていました。
大阪では、通天閣で、朝日新聞社が中心となって、「大阪の戦争展」が。
埼玉は、機関誌協会が中心となって、大宮で。

広島では、日中友好協会が呼びかけの中心となり、
平和を愛する、民主的なグループが集まって、実行委員会を作りました。


実行委員の中に、展示の内容に特化した、企画委員会を作りました。
その中で佐々木先生(数年前に、亡くなられました)は、高校の社会科の先生でした。
戦争体験もありましたので、展示の内容を細かくチェックされました。。
特に、廣島が兵站基地であったということを、訴え続けられました。
中国と相対峙した、日本の最前線基地であったということへのこだわりが、自身の体験から発言されました。
実行委員の中には、教員は多いです。展示の内容には、神経を使います。
ナーバスな内容を含んでいますから。

展示のコンセプトとして、原爆資料館にはない、加害の内容をどう表現するかということがあります。
ここは、行政が消極的なところです。実は、かつては広島市の後援が取れていました。
今は、後援は取っていません。それを取るために、展示の内容を変えるより、自由に展示する方を選択しました。
しかし、広島市長のメッセージは、一度も欠かしたことはありません。
ここは、やはり広島だなと思います。広島市の教育目標の一番は、<平和教育>ですから。
マスコミも、アジアの性被害とかの展示が前面に出だした頃から、新聞もテレビも、足が遠のき始めました。

新聞やテレビが取り上げてくださると、参加者は増えます。
正直なところ、取り上げて欲しいです。

第1回目の展示に、こんな新聞がありました。
中国新聞に、朝日新聞と毎日新聞のネームがあります。
8月12日と言えば、8月6日からまだ6日目です。
中国新聞に間借りして、発行したのでしょうか?


また、第1回目の展示にこんなでっかいのも。釣り鐘です。(かなり、プッシュしました)
広島のお寺(浄土寺)にありましたが、戦争末期に武器になるために、供出されました。
しかし、武器になる前に終戦を迎え、長い旅の末に、多くの人の善意で、広島のお寺に帰ってきたのです。
メインの展示場は、図書室でしたが、釣り鐘は、屋外に展示されました。





戦前、戦中の教科書は、25回のうち何度も展示されています。
戦争と教育の関係が、あまりにも強いからです。
ーーー呉の阿賀にある加藤さんの資料館が、貸してくださいます。





第一回目の戦争展の会場となった本川小学校は、中沢啓治の「はだしのゲン」にも出てきます。 爆心から至近距離にありながら、鉄筋コンクリートづくりであったので、建物が残りました。 ーーーそのときの校舎が、資料館になりました。



本川小学校の図書室を、使わせていただきましたが、当然資料館も見ていただきました。
ーーー写真は、とび口です。引っかけるところが、鳥のトビのくちばしに似ているから。
ーーーこれで、被爆者を引っかけて、トラックに引き上げたそうです。今でも、背中がゾクゾクします。






本川小学校は、ありがたかったのですが、展示のためのボードを設置するのは、大変でした。
会場を、今も使っている県民文化センターの地下に移しました。
途中、旧日銀跡の建物でやったことがありましたが、やっぱり県民文化センターに戻りました。

参加者へのアンケートで、「通りすがり」の人が多いのです。
県民文化センターの前で、呼び込みのテープが流れています。これを聞いて、地下まで来てくださいます。
場所としても、素晴らしいです。原爆ドームからも、近いですよね。




<これまでの会場と参加者数>

  回数    年    会場      参加者数   テーマ            
  1回    1995   本川小学校   1422人 過去と現在の戦争の真実から未来を見つめる   
  2回  1996  県民文化センター  2050人 『沖縄戦』と15年戦争の実像を見つめる   
  3回   1997   県民文化センター   1931人 広島から見た戦争
   ~憲法50年 今子どもたちに伝えたいこと 
 
  4回   1998  県民文化センター   2538人 青い空は青いままで 子どもたちに伝えたい   
  5回   1999  県民文化センター    1233人 憲法は戦争しない!と決めている~
 ~広島から新ガイドラインを考える 
 
  6回  2000  県民文化センター  1292人 戦争の20世紀から平和の21世紀を   
 7回    2001   県民文化センター    984人 2001年を平和の世紀のスタートに   
 8回   2002   県民文化センター   848人 広島から戦争と平和を考える   
 9回  2003  県民文化センター    920人 広島から戦争と平和を考える   
 10回   2004  県民文化センター   1462人 ヒロシマからのアピール
     ~平和な日本・世界をめざして 
 
 11回  2005  県民文化センター    954人 被爆・終戦60周年  ~廣島・兵站基地と
  ヒロシマ・被爆地から戦争を考える 
 
 12回  2006 県民文化センター   1261人 終戦61周年~県民・市民がつくる戦争展   
 13回  2007  旧日本銀行   850人 過去と向き合い みんなでつくろう平和な世界   
 14回  2008 県民文化センター   1060人 戦争を語り継ぎ みんなでつくろう平和な世界    
 15回  2009 県民文化センター  1210人 いまこそ戦争体験を語り継ごう
  戦争も核兵器もない世界を 
 
 16回  2010 県民文化センター   896人 韓国併合100年 安保改定50年
   NPT(核不拡散条約)40年 
 
 17回  2011 県民文化センター  1413人 Yes! Peace2011    
 18回  2012 県民文化センター  1035人 戦争を語り継ぎ 憲法を生かし
          安心・安全の社会を 
 
 19回  2013 県民文化センター    660人 戦争を語り継ぎ いのち/希望・平和な未来を   
 20回    2014  県民文化センター     822人   戦争のない平和で安心な国をめざして    
 21回   2015  県民文化センター  742人 戦後70年 いのち きぼう 平和な明日へ  
 22回  2016  県民文化センター  757人 憲法公布70年 平和と民主主義をめざして   
 23回  2017  県民文化センター  769人 憲法施行70年 若者に伝えたい いつまでも平和を   
 24回   2018  県民文化センター  797人 若者に伝えたい 廣島・ヒロシマと戦争   
 25回   2019  県民文化センター  868人 廣島は なぜ軍都になったのか   
   2020  オンライン       
           
           
           









『第25回(2019年) 平和のための広島の戦争展』・・・・・参加者の感想 【抜粋】

@ 軍都廣島・・・・・友人は、学会員。初めての戦争展に感激した様子であった。私も、繰り返し学んで、<軍国主義 No!>を、多くの人に伝えるために、力としたい。すばらしいとりくみである。

@ 広島が、日清戦争~第2次世界大戦での、日本で唯一の兵站であったという事実。軍事に関わりの深かったことを、改めて感じた。私たちの意識の中に、戦争の被害者と加害者の両方があることを自覚しておかなくてはと、・・・・・・・・。戦争の結果は、むごいものしかない。

@ 説明文を読むのが大変で、時間がかかった。これだけ資料を、よく集めたものだ。ありがとうございました。

@ ヘイトスピーチ、慰安婦ポスターは、昨年なかったもので、集めることの努力が垣間見えて、戦中資料と共に、良い資料だと思いました。若い人(大学生か?)も見にきており、場所が良いので、ふらっと寄ってもらえるのが、強みですね。

@ 被害者意識が強かった。あいまいな知識しかなかった。日本人であることが、いやになった。事実を知って、韓国や他の国の訴えにも、耳を傾けないといけない。自分のことだけでない。知ること、理解することは、大事。正しい知識を持つことが、大事。近代史にも、目を向けていきたい。その時代に生きた人々のことを知って、流れてきた時間や、起きたことの事実を、無駄にしたり闇に葬ってはいけない。いろいろ説明してもらい、とてもよかった。ありがとうございました。

@ 通りがかりで、来させていただきました。私は、広島で役者をしており、今月の初めに、平和劇<ヒロシマの孫たち>という作品を上演しました。5年目になり、いろいろと平和について、ヒロシマについて考えてきたつもりでしたが、改めて今回の展示で学ぶこともあり、来れてよかったと思いました。時間がなく、全てを見ることができませんでしたが、機会があればまた来たいと思います。

@ 戦争は、こわい。展示を見ているだけで、胸がしめつけられる思いがした。出兵する人の、家族写真を見ても、誰も喜んでなんてない。バンザイなんてありえない。戦争や当時の思想は、これから先も決してあってはならないと思った。

@ 赤紙や、訃報を遺族へ伝える手紙など、実物を見ることで当時の人々の心情を想像するということへの意識がより高まりました。原爆投下後の新聞に、シャッターが切れないほどの光景です、地獄だという記述が、印象的だった。

@ 広島に生まれ、小さい頃から平和について学習してきたが、まだ自分の知らないことがたくさんありました。それと、平和公園へ行くと、日本人より外国人の方が真剣に見られていることに、悲しくなる。

@ 私の実家は、疎開していた人を受け入れていた家であった。私が幼い頃は、ゲートルがあったり、疎開の人が庭を耕したり、芋を植えていたり、という話を聞いて育ちました。ますます、平和の時代に向かうという空気で、戦争のことは学びもせず、よりよい生活をするためにと歩んできた。今、韓国との間がこじれているが、何故・・・・・その答えが、この戦争展に隠されていると感じた。少ししか見ることができなかったが、来年はもう少し勉強させてもらって、もっとよく知る必要があると反省した。

@ 明日か、あさって、中3と中1の子どもたちを連れて、また来ます。心にぐっと刺さる内容の展示でした。こういう戦争展は、とても良いとりくみです。感謝します。

@ 被爆都市HIROSHIMAという面だけが強調され、軍都であった、その兵站のために盛ていたという面は目をつむるという、一般的なマスコミ報道に、違和感を持っていました。HIROSHIMAも、ある一面では加害者であるという、この展示の示唆に賛成です。戦争は、止めよう止めようというだけでは止まらない。また、原水爆はダメで、通常兵器は良いというわけではありません。根本的な戦争停止、平和の達成を追求したい。

@ 広島に生まれ、いろいろ知っているつもりでしたが、来てみてまだまだ知らないことが、たくさんあると思いました。特に、なぜ戦争になったのか、中国で起こしたことの意味(意図)などです。戦争の前史と前夜ということでは、今も危ない状況だと思います。一部の人の考えで、人の命を粗末にされたくはありません。この戦争展は、毎年ありますね。続いてほしいです、活動ご苦労様です。ありがとうございます。

@ 今日、ここに来られてとても良かったです。戦争が、いかに愚かで酷いかを再認識しました。私自身、在日2世(朝鮮人)として、ひしひし感じました。昨今、日本の社会は、どこへ向かっていこうとしているのか、とても危惧しております。未来を語ろうと思えば、過去を知らないといけないのに、今はそうでなく、右へと舵を取っているとしか、思えません。そんな中、こういう展示会が催されることは、とても勇気づけられました。


『第25回(2019年) 平和のための広島戦争展
  ↑↑ 2019年の記録が見られます。クリック


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##リンクを張らせていただきました##

「せこへい美術館2019」のFBです

<平和のための戦争展山口

<平和のための戦争展愛知守山

あいち平和のための戦争展名古屋

<平和のための戦争展おおいた>

<平和のための戦争展ふくおか>

<平和のための戦争展新宿

平和のための戦争展よこはま

「戦争の加害」パネル展かながわYouTube

奥多摩町平和のための戦争展>

<立命館平和ミュージアム>
 ※ 「立命館平和ミュージアム」は、元々「平和のための京都の戦争展」との
  協力により、できたものです。言い換えると、京都の戦争展の常設館
  なのです。


大和高田市の平和のための戦争展>

<ヒロシマ遺文:宇吹
 *宇吹先生も、この戦争展のホームページを、見てくださってます。

Hihukushoラジオ


ひろしま散歩:個人のHP>


CM・・・・・・DVD「広島の先生たちの物語」 FBです

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早速、呼びかけに返信がありました。
『いいですね!ホームページ。URLを拡散しましょう。
今年はやらんのんか、と2件の問合せがありました』(T元)


  ・・・・・・・・・・・・まあ、身内からなのですが。
    でも、そろそろ<広島の戦争展>の時期だけどなあと
    気にかけてくださっている人がおられるのがうれしいです。

    他団体の「原爆展」は、このコロナ禍の中、開催されたようです。
    勘違いされる方がいて、「今年はやらんのんじゃなかったんか」
    と言われます。あれは、違います。

続いて、MAILが届きました。反応、ありがたいです。
「頑張っておられますね。HP読ませてもらいました。
昨年度の来場者の感想を読むにつけ、この戦争展の意義が
再認識されました。
とても意義ある活動ですね。今年は残念ですが、
来年は開催できる状況になっていることを心より願います。
 コロナと熱中所に気をつけながら、元気で過ごしましょう」(F井)


ありがとうございました。
高校の、クラスメイトです。


大御所からも・・・・
「ホームページ期待してます。
実際に先生ご自身が関係された時代から埋められ、それ以前の
ところは関係された方々から聞かれたり書いてもらって,それを
先生の流儀でまとめられますように」(F橋)


ですよね。私色が出て、いいですよね。
ふざけとるんかと思われましたら、下記まで、
お叱りのMAILをお願いします。
matui-f@hicat.ne.jp