●先週の改良型一戸建て【バスの上に瓦屋根の画像=気まぐれ通信使
70】評判がよかったようです。
今日は広島大学医学部で安芸の国・広島出身である吉益東洞【よしますとうどう】という江戸時代の医者の功績をたたえる集まりが広島大学医学部構内でありました。私は広島漢方研究会理事長という立場ですので出席いたしました。皆様が想像するようにいつも野山を駆け回っている野人ではないのです。・・ついでながら一言!
●この学会は広島を代表する漢方医師=小川 新(おがわ あらた)先生という名医!が毎年主催され、この度で6回目を迎えます。広島漢方研究会の会長でもある小川
新先生とは長い付き合いです。そうですね〜私が東京から帰ってからですから25〜26年のお付き合いでしょうか。長い年月の間に親しく東洋医学の事を教授していただいたり!きつくお叱りなども受けた間柄です。医療人としての心構えなど教わる事が多かった!私の人生における師の一人です。
その小川先生は御年82才になられますが今日の様子から目が不自由になっておられることに気がつきました。高齢ですから仕方がないと言えばそれまでですが、『どうされました?』と言いたくなるほどの悪い状態です。医師である立場で、実際に漢方臨床をしながら東洋医学の素晴らしさを世間に紹介し続けている大先生です。今日の厳粛な学会において、日本全国からの有名な医師・大学関係者の意見発表が行なわれる最中、小川先生は『吉本君はおらんか?意見はないか?』と!見えない目で私を探し学会の話しの場に出るチャンスを与えて下さる心配り!親子以上に年が離れているだけでなく医師ではない私に対してでも慈愛を持って接していただける思いやりに感謝しないわけにはいきません。
その会合の中、懐かしい先生にお会いしました。この方は江川義雄先生と言いまして広島市の西でクリニックを開業される医師です。今から30年前、私が大塚敬節先生のもとで漢方の修行をしていた頃、江川先生は広島県の医師会常務理事の御立場で、広島におきまして吉益東洞の顕彰碑を建立する、その石碑の表文字を大塚敬節先生に書いていただくお願いの為に上京されたのです。その日以降、診療が終わってから大塚敬節先生は茶の間で大きな習字用半紙を広げて書いては丸め!更に書いては捨てる!と言う日々を数日間過ごされていた事、はっきりと思い出します。そして何とか気に入った碑文字を書き終わり、送って彫らせたのが画像にあります【吉益東洞先生之碑】というわけです。江川先生は当時、大塚医院の薬局で働いていた私の事を思い出され 江川義雄先生と私↑
まして二人して懐かしく画像に収まったというわけです。現在、広島大学の医学部内に置かれていますこの石碑、私にとりましては特別な存在です。
帰り道、オシロイバナが月をバックに美しく咲いていました。今日は学術的で感傷的な気まぐれ通信使!一部の人には退屈な内容でしたが、たまにはこんなのもいいのではありませんか?
夕暮れの猿候川の川面に映える秋の月とオシロイバナ↓
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