広島市内は原爆が投下された後に、緑の無い焼け野原になりました。
●そして敗戦、アメリカやオーストラリアの進駐軍が広島市内に入り、時の情勢からいざという時の広くて長い滑走路に転用できる道路を東から西にかけて作りました。あまりに広い道路に市民は百メートル道路という名を付け、道路脇の緑地帯に平和の交流の証として世界各地から寄贈された樹木を植えるようになります。いつしか樹木は大木になり花を咲かせ憩いの並木を形成しております。
この時期、百メートル道路は世界の樹木を観察するに絶好の場所となっています。富士見町の中央通りと交差する場所に画像の如き←セイヨウトチノキが花を咲かせています。
別名、マロニエ。私は行ったことの無いパリのシャンゼリゼ通りにはマロニエの並木道が有るそうです。日本特産のトチノキとは花の色がやや違うことと、実を包む果皮に刺が有るのがマロニエ、刺がないのがトチノキというわけで、どちらも水を大量に必要としますので都会の乾燥した場所の街路樹としては似つかわしくない、かわいそうな存在です。
それでもこれほどまでに花を咲かせ甘い香りを漂わしておりました。
山中でトチノキを見上げると、それこそ、その存在感に圧倒されます。花は大量の蜜を貯え、トチノキ一本でおびただしい量の蜂蜜が採れると聞きます。その味は甘くてたまらないという味ではありませんが、素朴で少しほろ苦ささえも感じます。古来、加工しやすい材であることと、大木になることから餅を搗くウス=臼をこの幹から作っています。ウマグリ(馬栗)と称される実からは良質のデンプンが取れ、もち米と合わせて搗いたトチ餅は日本各地で伝承されています。花の色が赤いものにベニバナトチノキ→があります。平和公園に近い平和大橋のたもとに、みごとなベニバナトチノキの花がありました。
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