はーい!読者の皆様!お盆は如何お過ごしでしたか?
私はゆっくりと骨休みをしてきましたよー!
15日から18日まであっちに行ったり・・・こっちに行ったり・・・
人工衛星のナビゲーションシステムで追跡しましたら以下のような軌跡を辿っておりました。15日=自宅→広島新幹線口→新幹線三原駅→呉線忠海駅→大久野島→忠海→呉経由自宅
16日=自宅→山陽自動車道東インター→島根県浜田市→島根県三隅町・福浦海岸(野宿)
17日=福浦海岸(素潜りサザエ採り)→自宅
18日=自宅→宇品港→山口県柱島(海水浴)→帰宅フー!いささか疲れた・・・かなと?お思いでしょうが、そんな事はありません。
リフレッシュしましたねー
全ては語り尽くせませんので初日の大久野島(おおくのしま)の事に触れてみましょう。15日は休日3日間、旅をするつもりで朝食を済ませて自宅を出ました。
何が起こるか分からないので財布にはン万円入れて!
愛妻には『放浪の旅!』に出るからと言い残して出発しました。
橋で結ばれていない瀬戸内海の島々を便船とフェリーを利用して廻ってみよう!と考えていました。
最初は大崎下島の御手洗(みたらい)に一泊し歴史散歩をして、次の日は大三島あたりで見聞し宿泊するつもりでいました。
15日のナビゲーションを見ていただければ判りますが新幹線で三原まで(2200円)行ってJR呉線に乗り換え竹原から船に乗るつもりでした。
ところが呉線車窓から見えてきたのは忠海(ただのうみ)沖に浮かぶ美しい大久野島。
『そうだ!ここは戦時中、毒ガスを製造していた島だ!よし、行ってみよう!』
急遽、忠海にて下車(乗り越し料金250円)しまして港から小さな便船に乗って(片道220円)毒ガス島に渡ったというわけです。
周囲4キロくらいの小さな島です。
島に上陸後、私は徒歩で島巡りをしてみました。
今は美しい大久野島の波止場跡数々の毒ガス製造施設跡が今でも残っており建物が劣化しているので立ち入りが禁止されていましたが勇気を出して?中に入ってみました。
大きな発電所があった建物は中ががらんどうで不気味です。
またイペリットと言う強力な毒ガスを貯蔵していた施設跡では壷跡がそのまま残っており生々しく感じました。
この種類の毒ガスは近年イランイラク戦争でイラクが使用した事で国際的に非難されています。
かつては日本も製造使用したんだから他国を非難は出来ませんね・・・
毒ガスを噴霧したり迫撃砲砲弾に充填して敵陣地に打ち込んだのでしょう。
戦時中は地図から抹消された島全体が極秘の製造基地だったそうです。
毒ガス製造に携わった多くの徴用工や学徒動員の学生・女学生がガスを吸って死んだそうです。
極秘だったせいで資料なども抹消され、どれほどの人々が犠牲になったかさえ定かでないと聞きます。そんなわけで旅行初日は国民休暇村・大久野島で宿泊を申し込みましたところカウンターの返事は『申し訳ございませんが本日は満席です!』と、そつない返事!
そりゃあ〜そうだ!15日のお盆休みで、それも4人部屋に一人で泊まらせろ!と言うほうが無茶です。
途方に暮れて最終便・忠海行きに乗船し、JR忠海駅に一人立ち尽くし・・・
なんとなく広島行きの切符(1800円)を購入して夜遅く自宅に帰り着いたというわけです。
帰宅した私の顔を見て発した妻の一言!
『笑い話にもならないわ』・・・だって・・・