
●はーい!連休最後の5日6日と一人隠岐島に行ってきましたよ。
気まぐれ広島人はやはり気まぐれ旅行でないといけませんので行き当たりばったりの旅行でした。
宿は着いてから決める!行き場所は現地で!乗り物はそこに合わせて・・・!
ただ調べて携帯していたのは隠岐に行く舟の時間表だけでした。
5日の早朝、6時に自宅を出まして一般道(JR芸備線)を三次〜庄原〜備後落合〜道後山〜日南町〜米子〜境港(さかいみなと)のルートで途中道草を食いながらのドライブです。
境港から隠岐島(島前=とうぜん)西ノ島の浦郷(うらごう)に行く高速船は午前11時20分に出発します。これだけは調べて知っておりました。
境港に着いたのが11時10分でしたのでぎりぎりでしたね。
港の駐車場にマイカーを置いて慌てて切符を買っての乗船です。
境港から隠岐(島後)までは約70キロ!島前の浦郷までは約2時間かかります。
はじめての乗船ですが昔の便船に比べると早くなったということです。
浦郷に到着して港の案内所で宿探し!連休でいっぱいでしたが何とか一軒ほど別府という漁村?町?に泊まれる宿を確保しました。
別府は人口のさほど多くない地区ですが後醍醐天皇が西暦1332年、当時の鎌倉幕府討伐の策略を見抜かれて罪人流刑者として島に流され一年ほど住まいした場所と言われています。
その居住跡を黒木御所跡と言い小高い丘の上に社と石碑が立ててありました。
京の都から大阪〜岡山を経て陸路、中国山脈を横断して境港辺りにまで来るのに約2ヶ月(50日弱)近くかかったと言われます。
そこから舟で2日か3日かけて隠岐に渡ったんでしょうね。
当時の舟旅はどんなだったんだろうか?そんなことを想像しながら・・・
到着したその日には浦郷地区から出る観光船に乗って隠岐の風光明媚な景観を楽しみました。
断崖の上では隠岐肉牛が草を食んでいるのが小さく見えました。(赤壁の右上の黒い点
が牛です)
その中でも断崖に開けられた250メートルの本当に狭い浸食洞穴に船ごと入り込む観光サービスにはさすが度肝を抜かれましたね。
隠岐ならではの観光船巡り!一度経験なさると良いでしょう!
次の日、黒木御所跡の植物観察をして西ノ島最高峰=焼火山(標高452メートル)に登ることにしました。
登山道には標高350メートル辺りに焼火(たくひ)神社が有ります。
この神社は平安中期の創建といわれ西暦1200年代に後鳥羽天皇が島に流された折、嵐で遭難しかけましたが、この神社からの焚き火が見え無事上陸できた!という言い伝えが残っています。
社の名前のたくひ=焼火とはそんな言い伝えからつけられたものでしょう。
期せずして神主の松浦さんに道中逢うことが出来まして社務所の二階応接の間にあげていただき、お抹茶をたてていただきました。
思いがけない山でのお茶は心静まる美味しい一杯でした。
この部屋から眺める風景は格別です。
遠く島根半島!左にかすかに伯州=大山を見ることが出来ます。
焼火神社に関しましては松浦さん制作のホームページを参照ください。↓
http://www.lares.dti.ne.jp/~takuhi/ 焼火神社ということでこの社殿周囲は自然豊かな環境が残る素晴らしい所です。
特に野生ランが目に付きました。
島で有名なナゴランやフウランは見ることは出来ませんでしたが野生のランを何種類か見ることが出来ました。
花の咲いていた野生ランを紹介しましょう。
キンラン・ギンラン・コケイラン・シュンラン・サイハイラン・アケボノシュスラン・オオバノトンボソウ・ミヤマウズラなどを見ました。
その他、青い目の妖精=ギンリョウソウが特にきれいでしたね。
通信使、長くなりましたのでこれくらいにしますが妻を忘れ子供を忘れた隠岐の一人旅、よかったですよ!またチャンスを見つけて行くことにします。
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