薬王堂気まぐれ通信使bP35   2002・1・6
Yakuoudo Capricious Communications Satellite

新年明けましておめでとうございます。
正月休みは如何お過ごしでしたでしょうか?

私は8日連続休日といった前代未聞の長期休暇をとりました。
お陰で日頃の疲れもすっかりとれまして7日から張り切って仕事が出来そうです。
休暇中は旅行もせず家におりましたが一日だけ近くの山に登りました。
山と言いましても麓から歩いて約1時間半はかかる海抜450メートルくらいの頂です。
この山は高尾山→と言いますが山頂近くに最近まで真言宗のお寺がありましたので『岩谷の観音さん』と呼ばれていました。
実は戦後、私の母方の祖父母がこの岩谷寺を管理していたんです。
懐かしさもありまして久しぶりに登ってみました。
画像のA地点に岩谷寺が有りました。
B地点からA地点(寺跡)を見下ろしてスケッチしたものがありましたのでお見せしましょう。
今から37〜38年前くらいにパステルで描いたものです。
青春真っ最中、私が画家を夢見て?スケッチした2号くらいの大きさの絵です。
手前中央に有ります松は緑も濃く生命感に溢れているでしょう!
スケッチの右側上の部分(温品側)は当時、山火事がありまして山肌が露出し松も枯れています。
当時を偲ばせるこの絵から分かりますように、こんもりとした松林に囲まれた平地に岩谷寺はありました。

この度、38年前の同じ場所に立ってデジタルカメラで下方を撮影してみました(画像↓)。
どうですか?スケッチに有りました手前の松は写真では右側岩の上にキリストの十字架を思わせる姿で立ち枯れています。
松林に囲まれて青い甍を見せていた本堂も今は無く私がその痕跡をデジタル画像の上からなぞってみました。
松風の騒ぐ音を聞きながらコタツ布団で丸まって寝た庫裏も今は有りません。
屋根の無い石廊下を裸で駆け抜けた五右衛門風呂も今はこの通りです。
水が貴重でしたので風呂の水は雨水を足して沸かしていました。
いつも濁って底が見えず松葉や木の葉が浮いていました。
山火事の後、岩清水から湧き出す水源の井戸が枯れました。
寺を囲っていた大きな松はことごとく枯れ、寺は吹き曝しになりとうとう生活が出来なくなって祖父母は山を下りざるを得ませんでした。昭和40年前半の話しです。





最後に神童とか観音様と呼ばれていた私が懐かしき道で岩谷寺は何処か?と中年の婦人に道を尋ねられた時の実際のやり取りを思い出して漫画にしてみました。
本当に有った話しなんですよ・・・


婦人: 『ぼうや、岩谷の観音さんはどこか知ってる?』

観音様: 『しっとるよ!あそこに、お尻のような山が有るじゃろう!』

婦人: 『ふん!ふん!』

観音様: 『肛門のところが寺なんよ!』

婦人:『・・・・・・・・・・・』

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